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「終わりを思い描くことから始める」……でも、その“終わり”って何?

  • 執筆者の写真: jameschappell2
    jameschappell2
  • 1 時間前
  • 読了時間: 2分

「終わりを思い描くことから始める。そして、そのゴールは必ず測れる 行動 であるべきだ。」


これを聞くと安心するクライアントもいる。私はちょっと顔をしかめる。


「もっと発言してもらう」取り組みが始まると聞いたとき、普段あまり話さないメンバーの多くが何を考えるか、だいたい分かる。


「上は、もっと喋れってことなんだな。中身がなくても。」


その反応を耳にしたリーダーたちは苛立って、私に言う。


「そういう意味じゃないんです。」


彼らが望んでいるのは、懸念や疑問、アイデアを、もっと早い段階で口にしてほしいということだ。スライドにもはっきり書ける。研修の冒頭で、明るく説明することもできる。


それでも、人はきれいな言葉の下にある「行動のゴール」を嗅ぎ取る。


たくさん話せば評価される。黙っている時間が長くなるほど、自分に当たるスポットライトは熱くなる。


実際、「終わりを思い描くことから始める」は、設計原則というより警告になることがある。最初に間違った終わりを置けば、設計もそこへ向かっていく。


では、リーダーたちは本当は何を望んでいるのか。ただ、もっと話してほしいだけなのか。

正直、リーダーたちが欲しいのは、単に声の量が増えることではないと思う。


実際に多くのリーダーと話していると、望んでいることはもう少し複雑だ。状況ごとに、話すのか黙るのかを自分で判断してほしい。そして、本当は言いたいことがあるのに、黙ったままにはなってほしくない。


もしそれが本当のゴールなら、発言することは数ある選択肢の一つにすぎない。黙ることもそうだ。


より正確なゴールは、台本のない場面で、自分で見極めることを学ぶことだ。


何が引っかかって、この質問をできずにいるんだろう?

このまま聞いていれば分かるかもしれない。待つ? それとも話を止めて確認する?

「くだらない」質問を一つしたくらいで、本当に会議全体が台無しになるのか?


みんなが同じ答えにたどり着くはずはない。


ある人は、前より話すようになるかもしれない。別の人は、むしろ話さなくなるかもしれない。


どちらも成長しているかもしれない。そして、どちらにも、以前より多くの判断を任せられるかもしれない。

 
 
 

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