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All Field Notes


理論は正しくても、現場でそのまま機能するとは限らない。
「対人関係のリスクを取っても安全だという、チーム内で共有された信念」 エイミー・エドモンドソンによる、心理的安全性の定義です。 日本の企業で仕事をしていると、この定義には、もう一つ足す必要があると感じます。 「誰かの許可を待たずに、自分から発言してもいい」という、一人ひとりの信念。つまり、自己許可です。 これがないと、安心は結局、上の人が操作するレバーのままです。 上下関係は変わらない。ただ、当たりが柔らかくなるだけ。 善意のあるリーダーが、一生懸命、発言の交通整理をする。みんなは、自分に順番が回ってくるのを待つ。そのリーダー自身は「もっと自分から発言してほしい」と願っているのに。 ただ、現場でこんな説明をしても、なかなか腹落ちしません。 だから私は、「恐れ」について対話するところから始めます。恐れなら、誰にでも覚えがある。流行のビジネス用語を並べる必要もありません。 誰にでも恐れはある。では、その恐れに対処するのは誰でしょうか。 誰かが自分の不安を和らげてくれる。それが、外から与えられる安心。 怖さがあっても、自分から動くことを学んでいく。その
読了時間: 2分


「どうすれば、人を育てられるのか?」
リーダーたちは、真剣にこの問いの答えを探しています。でも私は、この問いそのものに落とし穴があると思っています。 刺激を与える。自分の成功体験を語る。アドバイスする。 どれも理屈は通っていますし、役に立つこともあります。ただ、そうしている間、私たちの頭はずっと「どうすれば相手を変えられるか」でいっぱいです。 ときには、ずいぶん回りくどいこともします。 それとなくヒントを出す。伝えたい教訓にぴったりの苦労話を選ぶ。うまく伝わるように話を整え、場合によっては少し脚色する。 その話をするのは、今も自分の中で引っかかっているからではありません。 聞いた相手が変わることを期待しているからです。 でも、人が一緒にいることで、もっと自然に変わっていく場面を、私は経験しています。 昔、バスケットボールのチームに入っていた頃のことです。 試合が終わると、みんなで一緒に帰りながら、その日のプレーについて話していました。 誰も、誰かのやる気を引き出そうとはしていませんでした。話したい人が、自分のプレーで引っかかっていることを、ぽつぽつと口にするだけです。...
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心理的安全性の効果を疑うのは、危険なのか?
心理的安全性について疑問を口にするのが、怖かった。 今から思えば、なんとも皮肉な話です。 心理的安全性を学ぶ研修で、その考え方に疑問を投げかけると、講師や参加者から露骨に嫌な顔をされる。「そういう質問は歓迎されていないんだな」と感じることが何度もありました。 空気を読んで黙ったこともあります。でも、黙らなかったこともあります。 勇気を出して発言してみるものの、結果はまるでオリンピックの飛び込み競技。華麗に飛び込んだつもりが、見事な腹打ち。審査員の点数は全員ゼロ。拍手もゼロ。 もちろん、私の伝え方にも問題がありました。当時は疑問をうまく言葉にできず、必要以上に攻撃的になることもありました。 そもそも、私は少々天邪鬼なところがあります。 「みんながそんなに素晴らしいと言うなら、逆に怪しいんじゃないか?」 そんな気持ちも正直ありました。でも、それだけではありません。心理的安全性という考え方には、どうしても何かが足りない気がしていたのです。それどころか、少し危うささえ感じていました。 それから約8年。エイミー・エドモンドソンの著書を読み、キャロル・サンフ
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発言の許可を待つか、自分で自分に許可を出すか?
私は、研修で参加者を安心させるのが得意でした。ところが、その「安心」が裏目に出ていたのです。 それに気づいたとき、私は仕事人生でいちばん深く落ち込みました。自分は何者なのか。自分の仕事には、どんな意味があるのか。そこから自信が揺らぎました。 きっかけは、ある参加者でした。私との関係もよく、研修を通して「別人のように変わった」と思っていた方です。よく笑うので、グループでは親しみを込めて「Dr. Giggles」と呼ばれていました。 ところが、実際の職場では何も変わっていなかった。 「ジェームズ、彼、今でも会議では発言しませんよ」 その一言で、私の自尊心は床に倒れ込み、しばらくそこでいじけていました。 何を見落としていたのか、はっきりわかったのは2年後です。この気づきで、グローバル会議における日本人の発言や参加への、私のアプローチは根本から変わりました。 鍵は、自分で自分に許可を出すことです。 私は、人に「発言していいですよ」という許可を与えるのが、とてもうまくなっていました。言葉で直接伝えるだけでなく、ちょっとした態度や場のつくり方を通しても。だか
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ルールと良心がぶつかるとき、誰がその代償を払うのか
「人生で一番きつい一週間でした」 目の前に座っているクラークは、明らかに疲れ切っていた。何日もまともに眠れていない。普段は精神的にかなりタフな人なのだが、話している途中、何度か涙をこらえているように見えた。 彼の社内での評判もかなり傷ついていた。それまで信頼関係を築いてきたチームのメンバーからも、「この人を本当に信用して大丈夫なのか」という目で見られるようになっていた。 でも、ようやく終わった。 8カ月かかった。 家が燃えていることを会社に認めてもらうために、クラークはその家の中に居続け、自分の身体に十分な火傷をつくり、「ほら、やっぱり火事でした」と証明しなければならなかった。 人事が冷酷だったわけではない。頑固だったわけでもない。彼らはルールに従っていた。 いくら経験豊富な人間の直感とはいえ、「何かがおかしい」という感覚だけで会社が動くわけにはいかない。 そうですよね? この話に私が関わることになったのは、その8カ月前だった。 きっかけは、妙な感覚だった。 「今すぐシャワーを浴びたい」 クラークの会社で、私はアサーティブネス研修を担当することに
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日本の「心理的安全性」に欠けている、もう半分
日本で心理的安全性について話すとき、最も大きな誤解の一つは、「心理的安全性は一種類しかない」ということです。 実際には、二つあります。 こう言うと、たいてい「えっ、二種類?」という顔をされます。 恐怖は、目に見えない霧のように会議室を漂っているものではありません。恐怖を感じるのは、人です。同じ会議に参加し、同じ上司の話を聞いていても、あなたと私が感じている恐怖はまったく違うかもしれません。 では、あなたの恐怖は誰が扱うのでしょうか。私の恐怖は、誰が扱うのでしょうか。 誰かが私の恐怖を取り除いてくれる。それが「外から与えられる心理的安全性(Externally Given Psychological Safety)」です。自分で自分の恐怖と向き合い、扱う。それが「自分の中でつくる心理的安全性(Internally Generated Psychological Safety)」です。 同じ「心理的安全性」でも、恐怖を誰が扱うのかという点では、まったく違います。 もちろん、どちらにも大切な役割があります。しかし、私がクライアント企業を見ていると、ほと
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命に関わらない場面では、心理的安全性が新たな問題を生むことはないだろうか?
人が声を上げないことには、大きなリスクがあります。特に、命に関わるような現場ではそうです。 たとえば、看護師が「この薬、間違っているのでは?」と気づいたとします。声を上げて、結果的に間違っていたとしても、失うのは30秒程度かもしれません。でも、何も言わず、本当に薬が間違っていたら、人の命に関わるかもしれない。 しかも、こういう場合は比較的すぐに確認できます。薬を確認する。カルテを見る。投与量を確認する。看護師が正しかったのか、そうでなかったのかが分かれば、次に進めます。 火災報知器と同じです。料理を焦がしただけで鳴ることがあっても、本当の火事を見逃すよりはずっといい。 命に関わる場面では、多少の「空振り」が増えても、できるだけ小さな異変を拾うようにするのは理にかなっています。 しかし、普通のビジネスで同じように「何でも拾う」方向に振りすぎると、思わぬ問題が起きます。 何年も前、ある大人数のチームミーティングに参加したことがあります。顧客に関する悪い結果が出たので、リーダーが全員を集め、どうするかを話し合うことになりました。 多くのメンバーは問題を
読了時間: 4分


日本人が「発言する怖さ」を乗り越えるために必要な、たった一つのスキル
そのスキルは、たった2秒でできます。しかも、上手にできなくても効果があります。 これはクリックベイトではありません。日本で25年間仕事をしてきた経験から、私がたどり着いた考えです。この考えそのものを検証した研究を私は知りません。あくまで、25年間の経験に基づく専門家としての判断です。 私は、日本人を「変えたい」とも、欧米人のようにしたいとも思っていません。私が仕事をしているのは、グローバル企業で働く日本人です。そこでは、かなり活発で、時には強い意見が飛び交う議論に入っていく必要があります。 日本人がもっと発言できるようになるための理論やトレーニングはたくさんあります。どれもある程度は役に立ちます。私も、それらを否定するつもりはありません。 でも、その下に一つの「ボトルネック」があると私は考えています。この小さなスキルが使えるかどうかで、大きな違いが生まれます。 ただ、多くの日本人にとって、この行為にはかなり強い抵抗感があります。だから私は無理に練習させません。やってみるかどうかは本人に選んでもらいます。 そのスキルとは何か。 人の話に割り込むこと
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日本では「心理的安全性」が間違った形で広まっている
「心理的安全性」という考え方は、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授の研究から広まりました。 彼女は病院のチームを調査する中で、ある興味深いことに気づきました。パフォーマンスの高いチームほど、ミスの報告が多かったのです。 なぜでしょうか。 長い話を短くすると、良いチームはミスが多かったのではなく、ミスを報告し、問題について話し合うことに伴う対人関係上のリスクが低かったのです。そのため問題が表に出やすく、チームとして学ぶことができました。 これは私の解釈ですが、心理的安全性の大切なポイントは、発言やミスに対して不釣り合いな代償を与えないことです。 小さなミスなら、小さな結果で済む。大きなミスなら、当然もっと大きな結果になることもある。しかし、ちょっと違う意見を言った、質問した、間違えたというだけで、人間関係の中で大きな代償を払わせない。 ところが、日本で現在教えられている「心理的安全性」は、そこから大きく変わってしまいました。 本来:発言する、反対意見を言う、ミスを報告する、といった行動に伴う対人関係上のリスクを下げる。...
読了時間: 3分


「どうすれば、他の人のモチベーションを上げられますか?」
「どうすれば、他の人のモチベーションを上げられますか?」 研修をしていると、形を変えて本当によく聞かれる質問です。 私の仕事は、グローバルチームで働く日本人メンバーとの研修が多いので、例えばこんな感じです。 「どうすれば、もっと積極的に発言してもらえますか?」 「会議でもっと反対意見を言ったり、相手の意見にチャレンジしたりしてもらうには?」 「会議が終わった後ではなく、その場で考えていることを言ってもらうには?」 この話は、考え始めるとすぐに複雑になります。 でも、ものすごくシンプルに考えることもできます。 私が知りたいのは、 「どうすれば、この人のモチベーションを上げられるか?」 ではなく、 「本当は言いたかったのに、なぜ言わなかったのか?」 です。 もちろん、頭に浮かんだことを全部言いたいわけではありません。 でも、自分の専門分野について他の人たちが話しているのを聞いていれば、プロフェッショナルなら100%、何かを考えています。 意見もある。疑問もある。「ちょっと違うんじゃない?」もある。細かいニュアンスもある。心配なこともある。...
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人の成長にROIって、本当に出せるんでしょうか。
人の成長にROIって、本当に出せるんでしょうか。 今朝、私が凧を飛ばしたから、明日こっちに来る台風が発生した――と言うのと、ちょっと似ている気がします。 それでも、人材育成のROIは今でもよく語られます。では、少し考えてみます。 人が成長する時、本当に大事な瞬間っていつでしょうか。たぶんそれは、誰にも見えない瞬間です。 ある場面に出会って、 「前まではこうしてたな」 「でも、今は少し違って見える」 「じゃあ今回は、こっちでやってみよう」 と、頭の中で選び方が変わる。 私は、そこが実際の変化だと思っています。でも、その瞬間は測れません。 では、その後の行動なら測れるでしょうか。もちろん、測れるものはたくさんあります。 発言回数も測れます。アンケートも取れます。上司に「変化を感じましたか」と聞くこともできます。売上や離職率を見ることもできます。 ただ、そこで一つ困ることがあります。その数字は、本当に自分たちが思っている意味を持っているのか。 これは、かなり分かりにくい。 たとえば1時間の会議の中で、その人の頭には一体いくつの考えが浮かんでいるでしょう
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代理物が「現実」に見え始めるとき
私たちはどれくらい、「現実そのもの」ではなく、その代わりになるものを相手に仕事をしているのでしょうか。 今の仕事の多くは、実際の対象そのものではなく、その代わりになる「代理物」を通して進められています。 お客様本人は現実そのものです。HRが行ったニーズヒアリングは代理物です。そこには、すでに誰かの解釈が入っています。アンケートも代理物です。レポートも代理物です。コミュニケーションについてのハーバードの理論だって、ある意味では代理物です。実際のコミュニケーションは、そんなにきれいでも単純でもないし、「こうすれば必ずうまくいく」なんてこともありません。 だからといって、代理物が「悪い」わけではありません。むしろ、現実そのものを目の前にしていたのに見えていなかったことを、代理物が見せてくれることもあります。 でも、代理物はあくまで代理物です。 現実にかなり近いところで仕事をして、代理物をほとんど使わなくても、たぶんいい仕事はできると思います。逆は、今の私にはかなり危なそうに見えます。 何年も前、大手のコミュニケーション研修会社で働いていた頃、ある時、自
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あなたのフレームワークは、その人には通用しない
もちろん、私のも同じです。 このことがはっきり見えたのは、あるコーチングセッションでした。話していた女性が、私のフレームワークを何のために使うものなのか、少し違う捉え方をしていることに気づきました。 「私は、どのルールに従えばいいんですか?」 彼女は、フレームワークというものを少し違うものとして捉えている。そう思った直後、私自身も、フレームワークについて正確に考えたことがなかったと気づきました。 彼女が悩んでいたのは、仕事の優先順位でした。ほとんどすべてが、頭の中で「最優先」のカテゴリーに入ってしまうのです。 彼女はすでに、上司からもらった優先順位づけのフレームワークを持っていました。その判断基準の一つが「インパクト」でした。でも問題は、彼女の頭で考えると、ほとんど何にでもインパクトを見つけられてしまうことでした。 そのフレームワークは、彼女自身の頭が実際にどう動くのかを補正してくれていませんでした。 そこで、一緒につくり直し始めました。「インパクト」を「ポテンシャル」に変え、「緊急度」を「貢献できる力」に変えました。 すると、彼女にとってもっと
読了時間: 3分


解決策の密輸人:アドバイスが「質問」のふりをするとき
「質問があります……私の意見について、どう思いますか?」 ……え、それが質問?? 企業研修の講師をしていた頃、こんな場面を何度も見ました。ちょっと小難しいハーバード・ビジネス系の理論を説明したあと、誰かが手を挙げて「質問があります」と言う。そして、そのまま自分の意見を話し始める。 話し終わると、ちょっと気まずい沈黙が流れます。……質問が、どこにもなかった。本人も「あ、質問するの忘れた」と気づいて、慌ててこう付け加えます。 「どう思いますか?」 笑ってしまう話ですが、実は私たちの多くが、もっと巧妙な形で同じことをやっている気がします。誰かから難しい状況について相談されると、ほとんど瞬間的に、こちらの頭の中に解決策が浮かびます。その人が抱えている細かい事情を背負っていない私たちには、答えがとても簡単に見える。 そのままアドバイスしてもいい。でも、頼まれてもいないアドバイスをすると嫌がられることもあるので、自分の答えを「質問」に着替えさせることがあります。 「シックスシグマ分析はやってみた?」 (シックスシグマを知らないことを神に祈りながら……)...
読了時間: 3分


良いファシリテーションに潜むトレードオフ
会議中、ふと沈黙が訪れる。ファシリテーターは数秒待つ。少しずつプレッシャーを感じ始め、そこで声をかける。「太郎さんはどう思いますか?」太郎さんが答える。それに続いて別の人も話し始め、議論がまた動き出す。 ファシリテーターは思う。よし、うまくいった。 実際、うまくいったのかもしれない。ただ、もう一つ考えてみたいことがある。この場を動かしたのは、いったい誰だったのだろう? 私はこれまで、自分が進行していた会議も含めて、このような場面を何度も見てきた。質問をしても、誰も答えない。沈黙がだんだん気まずくなり、誰かが助け舟を出す。ファシリテーターが誰かを指名する。よく話す人が口火を切る。順番に一人ずつ話すことになる。あるいはリーダーが質問をもう一度説明する。すると会話が動き出し、みんな少しホッとする。 以前、ある参加者が「会議で黙っていることはニュートラルだと思っていました」と話してくれたことがある。でも、自分が黙っているときに何が起きているのかをよく見るようになって、その考えが変わったという。自分が黙っていると、誰か別の人が「この場を動かさなければ」と感
読了時間: 4分


「専門家」という言葉が持つ、不思議な力
たった一つの言葉で、人の考え方や感じ方、行動は驚くほど一瞬で変わることがあります。 ビジネスの世界で、特に強い力を持つ言葉の一つが、**「専門家」**かもしれません。 何年か前、あるグローバル製薬会社で働いていた知人から、興味深い話を聞きました。 その会社では、イノベーションチームを率いるために、ある男性を迎え入れました。経歴だけを見れば、まさに適任でした。前職では、本当に革新的なプロジェクトを二つ成功させ、大きな評判を得ていました。ちょっとした有名人だったそうです。 彼は「イノベーションの専門家」でした。 話を聞いていると、その「専門家」という肩書きは、強い香水のように、彼が参加するあらゆる議論について回っていたように思えます。誰も口にする必要はありません。そこにいる全員が、その存在を感じていました。 やがて彼は、どのアイデアに取り組む価値があるのかを判断する、ある種の門番のような存在になっていきました。評判に応えなければというプレッシャーがあったのかもしれません。あるいは、自分の判断にかなりの自信を持つようになったのかもしれません。実際のとこ
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新しいビジョンを作る、その前に
私はずっと、会社にはビジョンがあって当然だと思っていました。 でも最近、強いビジョンが必要だと感じること自体、もしかすると仕事の設計に何か問題があるサインなのではないか、と考えるようになりました。 ビジョンが果たしている役割の一つは、外の現実について誰かが見て、考えたことを、それを直接経験する機会がずっと少ない人たちに伝えることです。あるいは、外の世界には触れていても、自分とはまったく違う部分を見ている人と、お互いに何が見えているのかを比べる機会がほとんどないこともあります。 少人数で作られ、社内に展開されるビジョンは、そういう意味では「誰かによって一度加工された思考」です。 ちょっと気持ち悪い例えで申し訳ないのですが、誰かが一度噛んだ料理を食べるようなものかもしれません。自分で食べれば、いろいろな食感や味を直接感じられるのに、その部分がすでに誰かによって処理されている。 だから、会社がビジョンを作ろうとするとき、別の問いを考えてみてもいいのではないでしょうか。もっと多くの人が外の現実に触れ、そこで自分が見たことを、まったく違う仕事をしている人た
読了時間: 3分


まったく違う「終わり」を思い描くことから始める
人の学びや成長には、まったく違う二つの「終わり」から始めることができます。ある特定の行動をもっと取れるようになること。それとも、その場でどうするかを自分で考え、決められるようになること。 その境目は、わりとシンプルです。白黒がはっきりしていることなら、新しい具体的な行動を身につけることをゴールにしてもいい。でも、仕事がグレーゾーンに入ってくると、自分で考え、自分で決める力のほうが重要になってきます。 この二つでは、プログラムのつくり方がまるで違います。 もし後者、つまりグレーゾーンでどうするかを自分で考え、決められるようになることがゴールなら、プログラムに組み込まれた評価やフィードバックを、すべてなくす必要があります。最後まで。 褒めない。批判しない。参加者同士で評価しない。講師も評価しない。点数もつけない。そして最後になって、実は評価が待っている、ということもありません。 ちょっとジムに似ています。プログラムの中では、普段ならあるものを一時的に取り除きます。「自分は正しいことをしているのか」を教えてくれるフィードバックです。それが負荷になります
読了時間: 3分
「終わりを思い描くことから始める」……でも、その“終わり”って何?
「終わりを思い描くことから始める。そして、そのゴールは必ず測れる 行動 であるべきだ。」 これを聞くと安心するクライアントもいる。私はちょっと顔をしかめる。 「もっと発言してもらう」取り組みが始まると聞いたとき、普段あまり話さないメンバーの多くが何を考えるか、だいたい分かる。 「上は、もっと喋れってことなんだな。中身がなくても。」 その反応を耳にしたリーダーたちは苛立って、私に言う。 「そういう意味じゃないんです。」 彼らが望んでいるのは、懸念や疑問、アイデアを、もっと早い段階で口にしてほしいということだ。スライドにもはっきり書ける。研修の冒頭で、明るく説明することもできる。 それでも、人はきれいな言葉の下にある「行動のゴール」を嗅ぎ取る。 たくさん話せば評価される。黙っている時間が長くなるほど、自分に当たるスポットライトは熱くなる。 実際、「終わりを思い描くことから始める」は、設計原則というより警告になることがある。最初に間違った終わりを置けば、設計もそこへ向かっていく。 では、リーダーたちは本当は何を望んでいるのか。ただ、もっと話してほしいだ
読了時間: 2分
ここまで読んで、これまで見てきたことの意味が、少し見えてきたなら
この進め方が、これまで何となく気づいていたことを、言葉にしているように感じられたなら。
私たちは、きっと一緒によい仕事ができると思います。

BEMiでは、自信を持って発言できるチームを作り上げるためのトレーニングを行います。各企業様にとってベストなプログラムを選択、ご提案させていただきます。まずはお気軽にお問い合わせください。
@2026 BEMi Consulting, 株式会社
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